「理屈をこねること」からの解放
実は最近、僕は理屈をこねなければならない生活から解放されました。
まあ、高校・大学と理系に進み、就職先もソフトウェア会社のSEだったので、その中では、ひたすら理屈をこねることが大事だったわけで…。15歳から28歳までの13年間は、ひたすら理屈をこね続けていたことになります。というか、理屈をこねなければ生活できなかったような気もしますが…。とにかく、仕事をするにも勉強をするにも、お客さんや先生や上司に意見を言うにしても、理論武装しないとやっていけなかった日々だったと思います。
でも、SEを辞めて税理士を目指して会計事務所に勤めてから、理屈をこねる日々から解放されました。会計事務所で仕事をしていて痛切に感じることは、ここでは理屈をこねても意味がない、ということです。だって、まず第一に、理屈が通じる人間が、ここにはほとんどいないわけで…。まあ、これはこれで楽なことですし、理屈をこねることが人生のすべてでは全然ないと思っているので、それが悪いことだとは思っていませんが…。
でもまあ、理屈をこねることから解放されてみると、何かホッとしてしまっています。僕の深層心理を探れば、理屈をこねることが、実はプレッシャーなりストレスになっていたんでしょうか…。僕は元々はバリバリ理系の人間ですし、理屈をこねることで、居場所やお金を得ていた部分も多々あったと思いますが、やはりそれが仕事であると思うだけで辛く感じていたんでしょうね…。
まあ、理屈をこねること以外でも、大事なことはきっとあるんでしょう。そういったものを探しつつ、これからは生きていきたいものです。

